コラム

現場からのレポート
青森県での昆虫とのふれあいの中で感じる地球温暖化
2008-10-07
技術開発部 富岡康浩  地球温暖化は北国ほど実感できます。9月初めに頂いた夏季休暇と下旬のお彼岸の日には、八戸市に帰郷して地元の昆虫とふれあってきました。そんな時、やはり昔とはちょっと違うなと感じます。まだ記憶が新鮮なうちに、最近の青森県の昆虫たち、ただの虫や悪い虫まで、その近況を紹介します。

1.ヤマトシジミ Pseudozizeeria maha
ヤマトシジミ
写真1:ヤマトシジミ(八戸市柏崎)
 ヤマトシジミ(写真1)は都心でも見られる可愛らしい小さなチョウですが、分布は本州北端まで達していません。対馬暖流と千島寒流の違いを反映してか、一般的に太平洋側は虫の分布北限ラインが下がる傾向があります。 青森県では2000年に日本海側の岩崎村と深浦町で初めて採集され、’02年には越冬成虫も確認され、青森県産チョウ類に仲間入りしました(工藤、2000,’01,’03)。しかし日本海側では、その後は大きく分布が拡大したという話は聞こえてきません。今年9月14日、ついに県内太平洋側の八戸市でも、初めて確認されました!! 前々回のこのサイトで、ガラスクリア防虫剤をガラス面に処理している写真を掲載しましたが(8月28日付:写真5)、このエアゾールを噴いている蒔田増美氏のお手柄でした。 ヤマトシジミは岩手県洋野町から青森県八戸市まで連続的に沿岸部に発生しているのが確認されましたが、内陸に入ると見られなくなります。 9月23日は、私も彼と一緒にヤマトシジミの分布北限の調査を行いましたが、八戸市種差〜鮫〜白銀ではチラチラと飛翔する姿が道端に普遍的に見られたのに、より北を横断する馬渕川を越えると全く見られませんでした。 この小さなチョウにとっては、河口付近の馬渕川を越えるのはちょっと大変そうに感じました。

キタキチョウ
写真2:キタキチョウ
2.キタキチョウ(キチョウ) Eurema mandarina
 時期が前後しますが、蒔田氏とは、8月30日に一緒に青森県階上町の内陸部でゴマシジミの新産地を発見した後、気を良くして翌々日の9月1日にも一緒に八戸市民の森「不習岳」に昆虫調査に行きました。そこでキタキチョウの乱舞を見ることができました。 関東では普通種のキタキチョウ(写真2)は、岩手県北部が北限とされ、青森県では未だ分布(土着)が確定していない種類です。 八戸市周辺では、年によって数匹確認できるかどうかの蝶ですが、今年は特に多いようで、八戸市南郷区の不習岳麓から世増にかけての道路沿いのあちこちに飛翔する姿が見られました。9月11日には八戸市美保野でも羽化まもない成虫が飛び回ったそうです。 来年はついに越冬成虫が確認できるかも知れません。

ミンミンゼミ
写真3:ミンミンゼミ(八戸市南郷区)
3.ミンミンゼミ Oncotympana maculaticollis
 9月1日、八戸市南郷区世増でキチョウを追いかけている時、ミンミンゼミを発見して思わずデジカメに収めました(写真3)。ミンミンゼミは津軽地方では以前から分布が知られていましたが、太平洋側では5年前には岩手県久慈市まで南下しなければ、ほとんど見られなかったセミです。 昨年、不習岳(八戸市南郷区)で沢山鳴いているのに気付いて驚きましたが、その後、八戸市是川の周辺でも鳴き声を確認できました。今年も昨年同様に、八戸市周辺では珍しいものではなくなっていました。

4.ブタクサハムシ Ophraella communa
 前日の31日は一人で八甲田山方面に行きましたが、その時に見たブタクサハムシ(写真4)についても、ついでに紹介します。この虫は1996年に日本に侵入した帰化昆虫です。私も1998年に埼玉県毛呂山町で多数採集して飼育観察し、日本家屋害虫学会で「人の生活環境におけるハムシ類の被害と影響」と題する講演発表を行った際に、この虫について紹介したことがあります。 花粉症の原因となるブタクサを壊滅的に食害するので、かつて海外では有害雑草防除手段として導入した国もあるほどです。しかし益虫と思ったら、今度は栽培のヒマワリへの食害が懸念され、益虫になったり悪虫させられたりと、人の勝手な扱いには呆れてしまいます。
ブタクサハムシ
写真4:ブタクサハムシ(八戸市是川)
日本侵入後は瞬く間に分布を拡散し、北方には、1997年に栃木県、1999年に秋田県、岩手県で記録されました(守谷・初宿、2001)。 私は、青森・岩手県境でブタクサハムシの分布に注目して毎年調査を行っていましたが、2002年まではどうしても青森県内で発見できず、青森県の分布リストに加えることができませんでした(富岡、2000,’01,’02)。 しかし2003年に、前年には生息していなかった八戸市大久保の空き地で、多数の発生を確認できました。ちょうどこの同じ年に、青森県では青森市でも分布が確認されました(市田、2004)。 その年以降は、八戸市内では毎年普通に見られる虫になっています。内陸部や本州北端の下北半島での分布状況までは把握しきれていませんが、少なくも現在、内陸深い十和田奥入渓流の辺(十和田市焼山)でもブタクサハムシが多数発生していることを確認できました。

5.アメリカシロシトリ Hyphantria cunea
写真5 写真6
左から 写真5、6:アメリカシロヒトリに加害された
キハダの木(八戸市八日町):クリックで拡大
アメリカシロヒトリの幼虫
写真7:アメリカシロヒトリの幼虫(八戸市八日町)
 9月20日、東京から八戸市に移動し、八戸市の繁華街の八日町バス停を降りてすぐに、異変に気付き、足が止まりました。建物の裏に5〜6本並んで植えられてある樹木の葉が激しく食害されていました(写真5 、6)。 樹木は虫屋も好むキハダ(ミカン科)であったことも驚きでしたが、加害者はアメリカシロヒトリでした(写真7 、8)。アメリカシロヒトリは戦後侵入した帰化昆虫で、全国に広がり、街路樹や庭木の全国的な大害虫になっています。しかし、秋田・岩手まで分布を広げてから何十年間も青森県内には侵入していませんでした。 30年以上前には、昆虫生理生態学者たちの間では、温度と日長の関係から、アメリカシロヒトリは青森県まで分布を拡大することはできないだろう、と予想されていました。それが、6年程前には弘前市でも街路樹などに被害が目立つようになり、4年前には青森市でも被害が見られました。津軽地方では一足早く被害が問題になっていましたが、 太平洋側の八戸市では、私が初めてアメリカシロヒトリを見たのは2年前です。そして、本格的に駆除依頼が必要なほど発生したのは今年からだと言って良いと思います。気を付けて見ると、アメリカシロヒトリによってダメージを受けている木が市内のあちらこちらに見受けられました。 そして9月26日付けの地元の新聞(デーリー東北)に、八戸市西方の三戸町でアメリカシロヒトリが大発生して、町を代表する桑の古木も丸裸にされているという記事が掲載されました。おそらく、来年はさらに普遍的に被害が広がるものと思います。なお、弊社のホームページに掲載している産卵中のアメリカシロヒトリ雌成虫の写真(写真9)は、青森市で3年前に撮影したものです。
アメリカシロヒトリの幼虫
写真8:アメリカシロヒトリの幼虫(八戸市八日町)

産卵中のアメリカシロヒトリ
写真9:産卵中のアメリカシロヒトリ(青森市桜川)


マツノマダラカミキリ
マツノマダラカミキリ
上から 写真10、11:マツノマダラカミキリ
写真撮影:槙原 寛氏((独)森林総合研究所)
6.マツノマダラカミキリ Monochamus alternatus
 青森県で最も分布の北上が恐れられている害虫と言えば、「松食い虫」です。被害の北限は青森県境に近い秋田県八峰町で、青森県は、侵入をくいとめるために、秋田県境の森林地帯にベルト状に大規模な伐採地帯を設けて侵入阻止にやっきになっていました。 そんな苦労の甲斐もなく、9月28日に、ついに青森県に「松喰い虫」が発生したという新聞記事を見て驚愕しました。それが、注目していた問題の秋田県境ではなく100kmも離れた津軽半島の外ヶ浜町で、陸奥湾の防風林(塩害防止用並木)のために関東から移植した松からの発生と聞いてまた驚きました。 「松喰い虫」の虫の正体は線虫(マツノザイセンチュウ)ですが、その線虫を媒介するのがマツノマダラカミキリ(写真10 、11)です。松喰い虫の被害地域とマツノマダラカミキリの分布はほぼ一致しているのですが、青森県においては微妙です。 青森県ではマツノマダラカミキリの分布は確認されていませんでしたが、最近、秋田県境付近ではなく陸奥湾南東の野辺地市付近でマツノマダラカミキリが採集されたと聞きました。私は青森県ではまだこのカミキリムシは見たことがありませんが、今後の動向が気になります。
7.ヒトスジシマカ Aedes albopictus
 衛生害虫で最も分布北上が注目されているのは、関東地方では一般的なヤブカ科の1種、ヒトスジシマカです。国内にデング熱、ウエストナイル熱、チクングニヤ熱などの病原性ウィルスが侵入した場合に、その媒介者となることが危惧される蚊です。北限は1950年代には栃木県でしたが、1968年に宮城県仙台市、2003年には岩手県盛岡市で確認されました。 国立感染症研究所で実施している近年の調査では、ますます分布が北上しており、昨年は日本海側では青森・秋田県境付近(秋田県側)まで、太平洋側では宮古市まで北限が伸びてきています(小林ら、2008)。私もこの蚊の動向が気になっています。実は5年ほど前から、八戸市美保野の林内で、これにそっくりな蚊を毎年見ているからです。 関東なら安易にヒトスジシマカとして扱ってしまいそうな蚊で、未分布地域なのに個体数も多いので、5年前から 「おそらくこれは近似種のヤマダシマカなのだろう 」と思って片付けていました。 しかしだんだん北限ラインが近づいてくると、ますます気になっている今日この頃です。9月23日にも採集しましたし、過去の標本も保管してあるので、近く蚊の分類専門家に見てもらって、長年の疑問が氷解したら、またご報告したいと思います。

引用文献(本文掲載順)
工藤 忠ほか(2000)ヤマトシジミ青森県へ侵入.蝶研フィールド,174:26
工藤 忠(2001)青森県のヤマトシジミー2000年10月における発生状況.Celastlina, 36:2-19.
工藤 忠(2003)青森県に進入したヤマトシジミ3年目の発生状況―春季成虫の確認ならびに斑紋異常の多発.Celastrina,38:17-28
富岡康浩(1999)人の生活環境におけるハムシ類の生態と被害.日本家屋害虫学会 第20回年次大会発表要旨集:8
守谷成一・初宿成彦(2001)外来害虫ブタクサハムシ(コウチュウ目:ハムシ科)の日本国内における分布拡大状況.Jpm. J. Ent.(N.S.),4(3):99-102
富岡康浩(2000)青森県のハムシ類.Celastrina,35:25-60
富岡康浩(2001)青森県のハムシ類ll.Celastrina,36:73-84
富岡康浩(2002)青森県のハムシ類lll.Celastrina,37:53-68
市田忠夫(2005)青森市でブタクサハムシを確認.Celastrina 39:79-80
小林睦夫ほか(2008)東北地方におけるヒトスジシマカの分布拡大と成虫密度調査の重要性.Med. Entomol. Zool.,Suppl,:48